die Form ist entscheidend (Schlachtschiff), nicht die Zutaten


Punkte, Striche. Insbes. ugs. für 濁点 Dakuten (Striche ゛wie in だ)


Wiki erwähnt vor allem Stiefeltern und auch Adoptiveltern, das dritte kann nicht stimmen


en.wiktionary.org/wiki/%E7%9F%A5%E3%82%8B hat Akzent [0] mit Verweis auf 大辞林 (2006). ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%97%E3%82%8B hat ebenfalls diese Betonung (ohne Verweis).


抱き合わせで売る | etwas gekoppelt verkaufen(独和大辞典)


Schiffshalter, insbes. Gestreifter Schiffshalter, - >naucrates


用例:「中元歳暮の習慣(そう、年賀状も)、敬語や謙譲語の使用も、ただ廃れるのを待つのではなく、「廃止すべきだ」と。 因みに、次に1万円札の肖像となる澁澤栄一氏は、歳暮などの贈り物は「賄賂性」が強いとして嫌ったと言います。」


用例:「中元や歳暮の届け物なども元来は相手宅に持って行って、挨拶して渡すものでした。 しかも、相手が何度も受け取るのを遠慮し(拒み)、渡す側はそれに負けることなく受け取ってもらうよう促し、最終的には無事相手側に渡るというプロセスを踏んでいましたが、今やそんなことをする人はほとんどいないでしょう。 それと同じで、敬語や謙譲語も崩壊して行くのではないかと思います。」


用例:「日本語には「タメ口」というのがありますが、「上」の者に使ってはいけない言葉です。 しかし、英語は「タメ口」しかない言語と考えれば、日本語も皆がタメ口を使うようになれば、対等な関係を結びやすくなると私は考えます。 若者からタメ口された「あらかん世代」は、やはり怒るか気分を害する人が多いでしょう。 なので、敬語廃止は困難を伴うと思いますが、廃止してしまえば気分を害することもなくなると思うのです。 今は言葉が急激に変化する過渡期だから、腹が立つわけで、敬語が存在しなくなれば怒りも何もないわけです。」


用例:「敬語や謙譲語は、使いこなせれば良いのですが、現代のように乱れて来ると、耳障りで不快感ばかりが残ります。 私はその不快感が嫌なので、いっそのこと敬語を廃止したらどうかと考える敬語廃止論者になりました。 ある意味、敬語使用の混乱は進化の過程だと言えるのではないでしょうか。 若者たちは時代の変化を敏感に感じ取って変化させているのかもしれません。 なぜなら、先ほど述べた内外や上下が崩壊して来ているからです。 昔は閉鎖的な村社会でしたから、村人と余所者の区別がつきましたし、上下も判断出来ました。 ところが、現代の流動化した社会では、その区別がつきにくくなっています。 それに、目上の者を尊敬する(あるいは、すべき)という考えがほとんど消失しています。 若者たちは、親や教師や上司を尊敬しなくなっているのです。 なのに敬語を使わねばならないというのは、おかしな話です。」


用例:「随分前から、若者たちが自分の両親のことを外部の人に対して「お父さん」「お母さん」と言うのが気になっていましたが、今や当たり前。 チチハハは死語になりました。 大学生の息子にも小さな頃からチチハハと言うようにかなり意識的に教育ましたが、結局チチハハという表現を嫌い、使いません。 周りに誰も使う人(友人)がいないからです。 言葉は時代とともに変化します。 その変化はやむを得ないことで、止めようと思ってもその流れは変えられません。」


お会いできて光栄です。Ich fühle mich geehrt, Sie kennenlernen zu dürfen. (Grußformel zur Begrüßung hochgestellter Persönlichkeiten.)


Der Eshaku oder die Begrüßungsverbeugung ist eine Verbeugung in einem Winkel von 15° Grad. Diese Verbeugung wird während eines informellen Treffens verwendet. Während die Verbeugung nicht lange gehalten wird – weniger als 2 Sekunden – ist es wichtig, dass man dabei nicht gehetzt wirkt.


誉れあらんより毀りなかれ. | Strebe weniger nach Lob als danach, nicht getadelt zu werden.


背広組 Schlipsträger, Bürokrat


Auch metaphorisch: 用例:「大切なバトンを受け取ったので、繋げてゆきたいと思います。」


zuletzt solche mit einer sozial-politischen Dimension, ist eine wesentliche Intention der von mir hier hereingestellten Beispielsätze. Wadoku wird dadurch präziser und gewinnt an Dimensionalität – ist das etwa nicht erwünscht?


Ich würde gerne höflich erfragen, wieso der Beispielsatz hier gelöscht wurde. Half dieser nicht den Begriff sowie einen wesentlichen Aspekt seiner Funktion im Diskurs des gegenwärtigen Japans zu erfassen? Bataille schrieb (siehe den Eintrag 「無形の」): »Ein Wörterbuch würde in dem Augenblick beginnen, in dem es nicht mehr den Sinn, sondern die Verrichtungen der Wörter verzeichnen würde.« Diese Verrichtungen auf Wadoku zu erfassen oder zumindest einige ihrer Ausprägungen, nicht


Titel e. Märchens


auch 咆吼


mangelndes Urteilsvermögen, kein Händchen


ich hatte Zuschlag/Zulage (als Lohnbestandteil)


Müsste 1 nicht "K_ein Auge haben für" heißen? Goo: 2 物事のよしあしを識別する力がない。「本質を見る―・い」


仇となる gibts auch, und was ist der Unterschied zu dem anderen あだとなる in Wadoku?


用例:「「芸能人の不倫の謝罪会見とか見ててもそう思います。配偶者や事務所の人など直接迷惑かけた人に謝ればいいのであって、なんで全国民に謝る必要あるんだろう…と。そしてなぜかマスコミが被害者代理みたいな顔して責めるし。」「それはお金になるからですよね(¥♡¥)」「 メディアは全てが金に見える病気だからね」


im Bus steht da "Nothahn" dran


「現代ドイツ解釈学の総帥 H.-G.ガーダマーの指摘を俟つまでもなく、最近数十年来、「文書性」Schriftlichkeitの問題、Schriftの思想を論じる著作がかなり多数あり、そのような形で現れている、解釈学、書記・書物文化、記録と記憶、認識理論など、テーマに関連する多岐で錯綜した領域と深度はまさに見渡しがたいほどである。」Gadamers »Schriftlichkeit« wird überdies auch als 「書記性」übersetzt. Da das Japanische「文字性」und 「書記性・文書性」ausdifferenziert, darf diese Differenz in der Übersetzung von 「文字性」nicht einfach eingeebnet werden.


Wie gesagt muss man beim Übersetzen immer zurückübersetzen, sonst entsteht Wirrwarr. Aus dem Beispielsatz geht eindeutig hervor, dass es bei 文字性 nicht um die Schriftlichkeit selbst, sondern um eine Kritik an des referentiell-repräsentationalistischen Charakters des 文字 selbst geht. »Schriftlichkeit« selbst ist ein ganz anderer Problembereich, der in sich äußerst komplex ist. 米沢充 fasste das vor 11 Jahren sehr prägnant zusammen:


用例:「視覚優位?聴覚優位?あなたの認知特性を生かした効率よい学習法を教えます!」


Zwar gibt es den Begriff »Lettrizität« nicht, doch wäre er präziser. 用例:「しかし書と絵画の蜜月は長くは続かなかった。「書と抽象絵画」という座談会の中で、具体美術 協会のリーダー、吉原治良は書がなおも文字性に拘泥する点を批判した。一方、森田子龍は逆に 画家たちはかたちに拘泥しているとして、一種の精神性の領域へと書を連れ出そうとした。大きな可 能性を秘めた書と抽象絵画の交流はなぜかくも早く断絶したのか。 本発表では、東アジアの書に対して、日本、そして欧米の抽象絵画という補助線を引くことによって、 書がはらみながらも実現しえなかった可能性について、グローバリズム、モダニズムといった問題と 関連させながら論じてみたい。」ー尾崎信一郎」


用例:「一部メディアは野党共闘攻撃に血道をあげている。しかし共闘が止まることはない。なぜなら共闘は、国民の声から始まったからだ。15年9月、安保法制反対で国会を取り巻く市民のなかから「野党は共闘」のコールが広がった。それから6年。共闘は、全国いたるところに根を下ろしている。後戻りはない。」ー志位和夫


用例:「野党第1党の立憲民主党は13人。同党の当選者に占める割合は13・5%と、自民党の倍近いが、候補者中の女性比率は18・3%と、前回より6ポイント余り低かった。公約に「ジェンダー差別の解消」を掲げ、「各議会でのパリテ(男女同数)をめざす」としながら、この有り様では、有権者にアピールすることはできなかっただろう。」


用例:「自民党は女性の擁立が進まない理由として、選挙区の公認は現職優先が原則で、男性の現職を女性に代えるのが難しいことをあげていた。しかし、個別の選挙区をみると、引退議員の後継者はほとんど男性だった。比例区でも女性を増やそうとする積極的な姿勢は見られなかった。罰則のない理念法だからと、甘えているのではないか。」


用例:「3年前に候補者男女均等法が施行されて初の衆院選だったが、女性候補の割合は17・7%と、前回とほとんど変わらず、目標には程遠かった。一昨年の参院選でも、女性候補は全体の28%にとどまった。均等法の形骸化は否めない。  女性の当選者の内訳は、小選挙区24人、比例区21人。政党別では、自民党が20人と最も多いが、同党の当選者に占める割合は7・7%に過ぎない。そもそも、候補者段階の女性比率が9・8%と1割に満たなかった。」



entstehen; entspringen


etwas versichern; eine Versicherung abschließen


bis zu, an die (mit Mengenangaben, Daijisen 4)


用例:「ちなみに、植民地支配に対して、世界的に見て謝罪や賠償を行った例は、日本を例外としてほとんどない。ドイツも、ドイツ領南西アフリカ(現在のナミビア共和国)などでの植民地支配は、「過去の克服」の対象とはされず、ナミビアから要求されているものの、明確な謝罪や賠償が十分なされているとはいえない。ドイツの「過去の克服」が、ヨーロッパ中心主義と称される所以である。」ー庄司潤一郎 (2018年)


用例:「歴史戦」とは何だろうか。それは、日本の右派が「慰安婦」問題などについて、歴史修正主義のメッセージを海外に向けて発信する動きのことで、第二次安倍政権以降に本格化した。 そもそも「歴史戦」という言葉を広めたのは、2014年4月に開始された産経新聞の連載「歴史戦」だった。特に2014年の夏に「慰安婦」問題をめぐり朝日新聞へのバッシングが激しくなると、右派は日本では勝利を収めたと認識した。 そして「慰安婦」の像や碑の設置が相次いだことなどから、右派が「歴史戦」の「主戦場」と位置付けたアメリカなど、海外に向けた英語での情報発信に熱心に取り組み始めた。この頃から右派は、日本語の書籍の英訳版や、自費出版の英文書籍、英文パンフレットを海外の研究者に向けて送付するという活動を盛んに行うようになった。だが、私にも送られてきた書籍や資料は学術色はなく、歴史修正主義や嫌韓メッセージに溢れた一般書やパンフレットだった。」ー山口智美