用例:「そこで浮上するのは、絵画に描かれた主題やモティーフを同時代の言説の布置のうちで読解し、その結果、視覚的な表象を言語的な観念や思想に還元してしまうエルヴィン・パノフスキー流のイコノロジーの方法である。岡田は、二十世紀の美術史の言説を支配してきたこの方法のロゴス中心主義に懐疑の眼を向け、それに対して、ボッティチェッリのイメージをロゴスの束縛から解き放ち、それらがルネサンスの祝祭空間において喚起してきた情動へと開く読解の道筋を示してみせる。イメージを情念の表出として理解すること、それは、イコノロジーという方法をその創始者アビ・ヴァールブルクの企図へと差し戻すことをも意味している。」


用例:「「視覚文化論」という言葉も最近では日本語に定着してきたようである。「高級」な文化と「低級」な文化の区分を支える価値規範が批判にさらされ、あるいはそうした区分そのものが自ずと有効に機能しえなくなり、自律的な領域/活動を包摂する「芸術」というカテゴリーがますます自明なものでなくなってきた状況のもと、視覚文化論は、狭い意味での造形芸術にとどまらない視覚的表象一般を対象として扱いうる研究領域として美術史を鍛えなおすことをその企図とし、80年代以降アメリカを中心に徐々に人文諸科学のなかに浸透してきた。一方に比較文学、他方にメディア論を隣接領域として抱えつつ、この新しい研究領域は今では英語圏のみならず、日本語でのアウトプットを含み世界的に高い生産性を見せているようだ(最近の成果として前者に坪井秀人『感覚の近代──声・身体・表象』、後者に和田伸一郎『メディアと倫理──画面は慈悲なき世界を救済できるか』を挙げておく)。この動向は、80年代以降アングロ・アメリカの批評言説でカルチュラル・スタディーズが主流の位置を占めつづけていることと無縁ではない。」


Ergänzung (nach Horst Bredekamp); 用例:「レーデカンプの理論によれば、イメージ行為の作用は三つのカテゴリーに分類され る* 57。その三つとは、図式的イメージ行為(Schematischer Bildakt)、置換的イメージ行為(Substitutiver Bildakt)、内在的イメージ行為(Intrinsischer Bildakt)であり、順次その内実を確認していこう。」ー二宮望


用例:「ゴットフリート・ベーム(1942-)とウィリアム・ジョン・トーマス・ミッチェル(1942-)が同時期に提出したイメージ研究のマニフェスト、「イコニック・ターン(Ikonische Wende)」と「ピクトリアル・ターン(Pictorial turn)」は、1990 年代あたりから活発してくるイメージ研究の象徴的なメルクマールとなっている*32。こうした流れに棹さしながら、ドイツではイメージ学(Bildwissenschaft)という名称で、これまでの既存の美術史を相対化するような広い射程を持った視覚芸術論が発展していった*33。」ー『「イメージの修辞学」をめぐる系 譜。ヴァールブルクから現代のイメージ研究へ』(2020年)、二宮望著、208頁


カマ - Dampflok; Lok


auch Schreibweise カマ


"solange" Bsp. 元気な限り、仕事を続けたい。 - Ich möchte weiterarbeiten so lange ich gesund bin.


auch in der Schreibweise: 痀瘻, siehe bibiko unter 痀


ich wäre für "sich" weglassen


bei Wikipedia stand nana..


"es läuft einem eiskalt über den Rücken" (vor Schreck); eiskalt über den Rücken laufen - „肝 = Kimo“ hat im Japanischen zwei Bedeutungen: einmal die „Leber“ als anatomisches Organ und dann auch im Sinne von „Herz“ bzw. „Mut“. Von daher ließe sich die Redensart beispielsweise mit „das Herz oder den Mut erkalten lassen“ übersetzen.


Sandkasten (Eisenbahn, Teil der Bremse)


richtig: durchgehende Bremse


auch Saugluftbremse, Luftsaugbremse



Tierlexikon Tierenzyklopaedie



枯れ尽きる (かれつきる)


枯れ尽きる




wie dem auch sei


sei dem, wie ihm wolle


auch in dieser Lesung "rituelles Klatschen"


auch Augen weit öffnen


Veräußerung; Abverkauf


gut unterrichtete Kreise (Journalismus)


Coach; Mentor


紛うことなき heisst das Gleiche?


Selber schuld sein schreibt man klein.


auch: besser...als...


Absichtserklärung


Name/Namensbestandteil diverser Pilze, Wikipedia nennt insbesondere ブナシメジ


oder auch Rohverzehr


nicht essbar/ungenießbar (Pilze)


oder auch "zum Essen, als Lebensmittel" wie in 食用卵


oder auch versehentliche Aufnahme, Verzehr


Zerspanbarkeit; Schneidbarkeit


Honiggelbe Hallimasch; Armillaria mellea


寝耳に水、青天の霹靂 | ein Schlag ins Kontor(独和大辞典)